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松山地方裁判所 平成7年(ワ)721号 判決

原告

野中祐典

ほか一名

被告

向井芳郎

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して原告らに対し、それぞれ金一二九〇万〇二八三円ずつ及びいずれもこれに対する平成六年六月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分して、その一を原告らの負担、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は一項について仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告らは連帯して原告らに対し、それぞれ損害賠償金二六三〇万一三一九円ずつ、及びいずれもこれに対する平成六年六月一三日(本件事故発生の日)から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払え。

第二事案の概要

本件は、本件交通事故により死亡した野中小百合の両親である原告らが、加害車両の運転者である被告芳郎、同所有者である被告徹雄に対し、本件事故により野中小百合・原告らが被つた損害について、民法七〇九条・自賠法三条に基づき、損害賠償金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

(一) 発生日時 平成六年六月一三日午後一一時二〇分頃。

(二) 発生場所 広島県東広島市西条町田口九七〇番地・グリーンリーブス南方二〇〇メートル先の県道。

(三) 加害車両 被告徹雄(父)が所有し、被告芳郎(子)が運転していた普通乗用自動車(広島五九り五四四)。

(四) 事故態様

被告芳郎が、被告車の助手席に野中小百合を同乗させて高速度で走行中、カーブになつた事故現場において降雨のためにスリツプし、センターラインをナーバーして対向車線に横滑りするような状態で飛び出し、対向してきた中野輝明運転の大型貨物自動車の正面左に被告車の左側面を衝突させた。

(五) 結果

本件事故により、野中小百合は、外傷性多発性脳出血・脳挫傷・左肋骨骨折・左血胸の傷害を負い、被告芳郎も血気胸の傷害を負つた。

2  野中小百合(当時二一歳)は、平成六年六月一三日から同月二二日まで、西条中央病院・県立広島病院に入院したが、同月二二日に死亡した。被告芳郎(当時二〇歳)は西条中央病院・県立広島病院に約一か月間入院した。

3  原告らは野中小百合の両親であり、野中小百合の本件事故による損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続した。原告らは、自賠責保険金三〇〇〇万円、治療費四八万一六一八円、看護料三万六〇〇〇円、入院雑費九〇〇〇円、駆けつけ費用二万二三四〇円、傷害慰謝料四万一〇〇〇円、文書料一〇〇〇円、以上合計三〇五九万〇九五八円を受領した。

4  被告徹雄は被告車の所有者として、被告芳郎は被告車の運転者として、野中小百合・原告らが本件事故により被つた損害について、自賠法三条・民法七〇九条により、損害賠償金の支払義務を負う。

二  原告らの主張

1  損害費目等

治療費四八万一六一八円、入院雑費一七万四五二七円(原告らの松山・広島間の往復旅費を含む。)、看護料五万五〇〇〇円、葬儀費二八九万七三八四円(遺体搬送費、仏壇購入費、墓碑戒名板設置費を含む。)、逸失利益四九四九万四一一〇円(年収三〇四万三六〇〇円、就労可能年数四五年、新ホフマン係数二三・二三一)、慰謝料二五〇〇万円、弁護士費用四五〇万円。

2  原告らに搭乗者傷害共済金が支払われたことを、慰謝料額算定に当たつて斟酌すべきではない。

3  好意同乗者が事故発生の危険を増大させるような状況を現出させたり、事故発生の状況が極めて高いような客観的事情が存在することを知りながら、あえて同乗した場合など、好意同乗者に事故発生につき非難すべき事情が存在する場合は格別、単に好意同乗の事実だけでは、好意同乗者の損害賠償額を減額することは許されない。

三  被告らの反論

1  損害費目等

入院雑費、看護料、葬儀費、慰謝料が高額である。逸失利益の計算は、生活費控除率四割、新ホフマン係数は、四六年の二三・五三四から一年の〇・九五二を控除した二二・五八二によるべきである。

2  被告車については、被告徹雄が全労済の自動車共済契約を締結していたので、原告らは一三〇〇万円の搭乗者傷害共済金を受領しており、右事実を慰謝料額算定に当たつて斟酌すべきである。

3  被告芳郎と野中小百合とは、広島大学理学部の同級生であつただけではなく、毎日のように行動を共にして、被告芳郎が野中小百合を被告車に同乗させていたのであり、本件事故も、被告芳郎が被告車に野中小百合を同乗させて、買物に行つた後大学に戻る途中に発生したものである。よつて、信義則上、少なくとも損害額の二割減額をすべきである。

第三当裁判所の判断

一  野中小百合、原告らの損害について

1  治療費四八万一六一八円、文書料一〇〇〇円は、当事者間に争いがない。

2  入院諸雑費 一七万四五二七円

証拠(乙一の6、原告祐典本人)によると、本件事故当時、野中小百合は東広島市で下宿して広島大学に通学し、原告らは松山市に居住していたこと、野中小百合は、本件事故のため意識不明の重体となり、平成六年六月一三日から同月二二日まで広島県内の病院に入院したが、同日死亡したこと、原告らは、野中小百合を見舞うため、松山と広島の間を何回か往復し、その旅費として総額九万四七〇〇円を要したこと、以上の事実が認められる。

右認定によると、原告らが野中小百合を見舞うための松山・広島間の往復旅費九万四七〇〇円は、本件事故と相当因果関係のある原告らの損害と認められる。

そして、前記証拠によると、原告らは野中小百合の入院諸雑費として、右往復旅費を含めて合計一七万四五二七円を支出し、同額の損害を被つたことが認められる。

3  看護料 五万五〇〇〇円(一日五五〇〇円の一〇日分)

4  葬儀費等 一八〇万四五五〇円

原告祐典本人尋問の結果によると、原告らは、野中小百合の葬儀を松山で営むため、遺体を広島から松山まで搬送するのに一〇万四五五〇円を支出したことが認められ、右搬送費も本件事故と相当因果関係のある原告らの損害と認める。

ところで、野中小百合は本件事故当時未だ二一歳の大学生であり、本来であれば、野中小百合の両親である原告らが、野中小百合の仏壇購入費や墓石戒名板設置費を負担することなどは、考えられないことであつた。しかし、原告祐典の本人尋問の結果によると、野中小百合が本件事故で死亡したため、原告らは、野中小百合の仏壇購入費七〇万円、墓碑戒名板設置費二〇万円を支出せざるを得なくなつた外、野中小百合の葬儀費として、一八九万二八三四円の支出を余儀無くされたことが認められる。

以上の諸点を考慮して、本件事故と相当因果関係のある葬儀費等の損害として、遺体搬送費一〇万四五五〇円、仏壇購入費・墓碑戒名板設置費を含めた葬儀費一七〇万円、以上合計一八〇万四五五〇円を認める。

5  逸失利益 四一四〇万五〇〇〇円

野中小百合は本件事故当時広島大学三年生で二一歳であつた。平成六年賃金センサスによると、大学卒二二歳から二四歳の女子労働者の年収は三〇五万五九〇〇円であり、同男子労働者の年収三二四万八〇〇〇円と大差がない。

そこで、生活費控除率は四割で計算する。原告らが主張する生活費控除率三割では、大学卒二二歳から二四歳の女子労働者の逸失利益の方が、同男子労働者の逸失利益(生活費控除率は四割で計算する。)よりも格段に多くなり、不合理である。新ホフマン係数は、四六年(就労可能年数六七歳から二一歳を控除した年数)の二三・五三四から、一年(就労の始期二二歳から二一歳を控除した年数)の〇・九五二を控除した二二・五八二による。

以上によると、野中小百合の逸失利益は、四一四〇万五〇〇〇円(三〇五万五九〇〇円×二二・五八二×〇・六)であることが認められる。

6  慰謝料 一六一八万円

野中小百合は意識不明の重体の状態で、一〇日間入院していたことが認められ、野中小百合の傷害慰謝料として一八万円を認める。

本件事故当時野中小百合は二一歳の独身大学生であり、その相続人は原告ら両親のみであつたこと、被告車については、被告徹雄(被告芳郎の父)が全労済の自動車共済契約を締結していたので、原告らは一三〇〇万円の搭乗者傷害共済金を受領できたこと(乙二の1ないし3)を考慮して、野中小百合の死亡慰謝料は一六〇〇万円と認める。

原告らは、慰謝料額の算定に際して、搭乗者傷害共済金の受領を斟酌すべきではないと主張するが、その保険料は被告徹雄が負担していたのであり、右共済金は原告らに対する見舞金としての機能を果たし、原告らの精神的苦痛の一部を償う効果をもたらすことが認められるので、慰謝料額算定に当たつては、右共済金受領の事実を斟酌するのが衡平の観念に照らして相当であり、原告らの主張は理由がない。

以上によると、野中小百合の傷害及び死亡による慰謝料は、合計一六一八万円となる。

7  損害額合計

本件事故による野中小百合、原告らの損害は、以上の1ないし6の合計六〇一〇万一六九五円である。

二  好意同乗について

1  好意同乗者の同乗運転手・車両保有者に対する損害賠償請求については、単に好意同乗自体を理由に減額すべきではないのが原則であるが、例外として、好意同乗者が事故発生の危険を増大させるような状況を現出させたり、事故発生の状況が極めて高いような客観的事情が存在することを知りながら、あえて同乗した場合など、好意同乗者に事故発生につき非難すべき事情が存在する場合は勿論のこと、好意同乗者と同乗運転手・車両保有者との間に、夫婦関係・親子関係・婚約者同士等の緊密な人的関係にあり、好意同乗者の全損害を同乗運転手・車両保有者に負わすのが、衡平の観念に照らして不相当と認められる場合にも、好意同乗を理由に減額するのが相当である。

2  これを本件について見るに、証拠(乙一の6・8、原告祐典本人〔一部〕、被告芳郎本人)によると、次の事実が認められる。

(一) 被告芳郎と野中小百合とは、平成四年四月に同じ広島大学理学部物性学科に入学し、同学科のクラスメイトとして知り合い、平成五年一二月からは特に親密な交際をするようになつて、お互いの下宿に行つたり一緒に遊びに行つたりして、常に行動を共にするようになつた。

(二) そして、被告芳郎は、下宿から大学への行き帰りについても、被告車に野中小百合を同乗させて送り迎えをするようになり、週末も野中小百合を被告車に同乗させて、近隣の観光スポツトや名所旧跡を訪ねてドライブをすることが多かつた。このようにして、被告芳郎と野中小百合とは常に行動を共にし、お互いの下宿で寝泊まりするなどして、男女関係を持つようになつて、平成六年春には結婚の約束を交わした。

(三) 本件事故当日も、被告芳郎・野中小百合の両名は、二人で大学に夜遅くまで残つて実験をしていたが、空腹のため夜食を買いに行くことになり、被告芳郎が被告車に野中小百合を同乗させてコンビニまで買物に行き、買物をすませて大学への帰路に本件事故があつたものである。

3  原告祐典は、被告芳郎が野中小百合を被告車に同乗させて、毎日のように大学の送り迎えをしていたことや、被告芳郎が野中小百合とは極めて親しい恋人同士であり、互いに結婚の約束まで交わしていたことに、疑問を呈している。

しかし、そもそも、原告良子でさえも本件事故後警察官に対し、「被告芳郎のことは、野中小百合から仲の良い友達だと聞いて知つていた。」「原告良子が野中小百合の下宿へ行つた際、被告芳郎が被告車に野中小百合を同乗させて、野中小百合を大学に連れて行つてくれたりしていたので、被告芳郎の顔は知つていた。」と供述しており(乙一の6三項参照)、原告良子自身も、野中小百合と被告芳郎とは非常に仲の良い恋人同士であつたことや、被告芳郎が被告車に野中小百合を同乗させて、野中小百合を大学へ送り迎えをしていたことを認めている。

そして、証拠(乙一の7・8・10)によると、被告徹雄が被告車について対人賠償無制限の共済保険に加入していたことや、被告芳郎の本件事故についての刑事事件は終了していることが認められるので、被告芳郎は、本訴で追求されている民事責任や、刑事責任を少しでも軽くするために、野中小百合との関係について、真実に反する虚偽の事実を供述する必要性はないことが認められ、被告芳郎の本訴での供述は真実であると思われる。

しかも、被告芳郎の本人尋問の結果によると、被告芳郎は、平成六年九月に大学に復学し、四年生の途中まで大学に通学していたが、本件事故で婚約者の野中小百合を死なせてしまい、その責任の重大性に悶え苦しんだ結果、広島大学理学部物性学科という有名国立大学を卒業して、エリートの道を歩む人生を敢えて断念し、福祉の道に進んで恵まれない人の救済に役立とうと考え、平成七年一〇月から大学を休学し、平成八年三月には大学を自主退学して、現在は福祉関係の専門学校で学んでいることが認められるのであり、このような被告芳郎が自己の立場を少しでも有利にするため、野中小百合との関係について虚偽の事実を供述することなど、考えられないことである。

被告芳郎の本訴での供述は事実と認める。

4  以上の次第で、被告芳郎と野中小百合とは結婚の約束までしていた恋人同士であり、被告芳郎が常に野中小百合を被告車に同乗させて、大学の送り迎えまでして行動を共にしていた間柄にあつたことが認められ、本件事故による野中小百合や原告らの損害については、好意同乗による一割の減額をするのが相当である。

三  既払金控除後の損害賠償額、弁護士費用

前記一の7の損害額六〇一〇万一六九五円から、好意同乗による一割の減額をした後の損害賠償額は五四〇九万一五二五円となる。そして、既払金が三〇五九万〇九五八円であることは、当事者間に争いがないので、既払金控除後の損害賠償額は二三五〇万〇五六七円となる。したがつて、同損害賠償額の約一割である二三〇万円をもつて、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の損害と認める。

第四結論

一  以上の認定判断によると、被告らは連帯して原告らに対し、それぞれ損害賠償金一二九〇万〇二八三円ずつ(二五八〇万〇五六七円の半額ずつ)、及びいずれもこれに対する平成六年六月一三日(本件事故の日)から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

二  よつて、原告らの本訴請求は、右認定の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条・九二条・九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 紙浦健二)

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